2006年 02月 23日

資料・・・史料・・・。

資料・史料はいくらあっても多すぎると言うことはありません。

たとえば、自分史を書こうとして、身の回りにあるもので、全て足りるかと言えば・・・Noですよね。

子供の頃の遊びを表現する、書こうとしても、実際の資料が残ってますか?ライダーベルトやカード・・・、ウルトラマンのレコード・・・。母親に捨てられて残ってませんよね・・・。記憶に頼るしかない・・・でも、その記憶が完全かと言うと・・・怪しい・・・。思いこみも多い・・・。

自分のかかわったことでも、そのほとんどがなくなっていると感じています。仕事でも、その内容を資料として残しているか?復元できるか?と言えば・・・怪しい・・・無理・・・たった20年のことですよ。

近現代考古学は”どの資料・データを選び、どの資料・データを放棄するか、いわばサンプリングの問題に直面する。”  なんてあり得ません・・・。

フィールドの明治の産業史を解明しようとしても、1社の歴史が完全理解できません。漠然と分かった事を集めて、漠然と近代産業史を理解するのが関の山・・・。

昭和でも同じ。ひょっとして平成もかも?と思っています・・・。どんどん土木企業が無くなっているので、現代土木史も復元できないかも?と思っています。

この辺の危機感から、全史料協さんが頑張っておられます。

現在、現代交通史の関係で資料踏査を実施中。あまりの資料の無さに、愕然としています・・・。

*とある新しい時代の考古学をテーマにした書籍の書評を本日書き上げました(推敲はまだですが・・・)。しかし、何度読んでもすっきりしない・・・。この本に「考古学」って看板揚げる資格があるか?と・・・。

(追)
本日の収穫
『京都の市電 京都に刻んだ80年の軌跡』
定価の半額にて入手。写真、図面をいくつか確認。でも、肝心の企業についての細かな資料は無かったです。通史で説明されることなのに・・・。
町並み、建造物の認識にも一役買担ってくれることを再確認・・・(関係ない?)。
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by amuro1900 | 2006-02-23 20:58 | 日記


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