研究所日誌

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2006年 03月 19日

調査成果報告会とミニシンポジウム「大阪の初期群集墳を考える」

行ってきました。これも久しぶり!きんつ(違う!ひつこい?)、近つ飛鳥博物館

「太秦古墳群」、「総持寺古墳群」、「郡戸古墳群」、「長原古墳群」の発掘調査についての報告とミニシンポ。

溝が走る、タテハケ、ヨコハケ、凸帯(とったい)、粘土郭、割竹形木棺、削平(さくへい)、削平で切られる、溝がとんでる、供献(きょうけん)、共伴(きょうはん)、などなど、職場で、私が「一般の人にしゃべるときに使うな!」と指示している業界用語のオンパレード・・・(泣)

溝に足はえて走っていたり、羽根はえて飛んでいたら、ビックリしますよね。テキストにして、ここに書いただけで、おかしな表現であることは明白。

見つかった古墳群と周辺にある集落跡を直結させるなど、時代背景については、なんだ?の結論をずらずらと・・・。ホントに考えてる?ショートしてない?と・・・ハラハラ・・・。

この4つの古墳群のあり方が、全く違うのに、時期が同じだから、群れになってるからと、ひとからげにしている点がすでに問題ありですけど・・・。初期が来て、後期がきて、終末期って区分もなんか変だし・・・。長原は前期から後期まであるし、規模が全く違う。

シンポも発表の乗りで、だんだん気分が悪くなっていき・・・(発表だけ聞いて帰った業界人もちらほら・・・)。この結論で、一度、歴史系学会で発表してみれば分かりますよ。「根拠を示せ!」と袋だたき状態・・・。私も寺内やり始めたとき、歴史地理学他の方々に徹底的にやられました・・・。

でも、最後の白石氏のコメントに救われました。

長原は非常に理解しにくいものであり、また、他の古墳群とは一緒にできない。群集墳という定義で行くと、新沢千塚などが中期から始まり後期に続くので、こちらを初期群集墳とした方が系譜的には正しいのでは?と・・・。関東の例で行くと、中期に大きな画期なりが存在することはあきらかであるがとの付けたし(こっちが本主張かも?)。

白石氏の考え方については、これまで賛同できないことの方が多かったですが、今回は何かほっとしました。(本質の部分では違う考え方と思いますが、持ち時間10分前後で簡単にまとめると同じ意見・・・。でも、白石氏の持ち時間10分はちょっといただけません・・・。)

考古学の皆さん、頑張りましょう!

*はじめすいすいと車で走っていましたが、寒かったのでエンジン暖まらず。暖まったら。、今度は渋滞。エンジンが調子よく回り出したら、制限速度以下の走りって、いらいら・・・。
帰りは、空いていたのですいすいでしたが、家の近くまでエンジン暖まらず。こちらもいらいら・・・。エンジンにやさしい運転(^^
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by amuro1900 | 2006-03-19 22:02 | 日記


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