2006年 04月 04日

会議顛末

考古学の成果では、その場所のあり方は中世に遡らない。古文書調査の成果でも、近世初めからは具体的にいろいろ分かるが、中世末の状況はつかめない。建造物調査成果でも、近世初めからしか状況はつかめない。

だったら、その場所については、近世に入ってから様々な活動があり、大きく発展したと考えるべきですよね・・・。

でも、違うんです。

「他の文献には出城があったとされ、地籍図を見ても、その城跡が復元できる。」
「中世の土地支配関係から行くと、突然大きな敷地を有する有力者が近世に現れることは理解できない。」

「よって、中世の段階で既に大きな力をもった人物がここにいて、その後の発展があった。」と。

他の場所の成果、あり方を持ち出して結論を出そうとする。なんで?

その場所の地籍図を使ってものを言われていますが、地籍図なんてあてになりません。その周辺を含めてトレンチ調査を多数していますが、現状の地割りなりが完成するのは幕末、古くもっていっても江戸後半、とても中世に遡れるものではありません。マクロな視点ではほぼ中世に起源を持つことは明らかにしていますが、今回のようなミクロな部分では、絶対に無理。

以前、他の場所の地字も検証しましたが、これも幕末・・・。よって、近木川の旧氾濫原にある地点での地籍図は良く検討しないと、そのまま理解するとドツボにはまる・・・。

ドツボにはまった良い例でしょうか?今回は・・・。

今あるその地点の調査成果を良く検討する。周辺にある調査例なりをじっくり吟味し資料化し、検討材料に加えるという感じで、理解していかないと、先入観なりで理解するとね~! ドツボ!


・・・ぶつぶつ・・・
とある業種の方々は、こんな感じで想像をふくらませて書籍刊行、それで実績。イイですね!うらやましい!作家となんら変わらん!
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by amuro1900 | 2006-04-04 19:30 | 日記


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