2006年 09月 12日

歴史地理

ここ二日ほどで、歴史地理関係の論文を沢山読んでます。でも、納得できない・・・。



明治の地籍図なんですよね・・・資料が・・・それと中世頃の史料。この二つで、いろいろと積み上げていく。

まず、仮説を立てるのは良いんです。何事も仮説からスタート。でもね、地籍図と史料から導き出した仮説の上に仮説を積み重ねて行くんですよ~~~・・・おいおいおいおい!ってなってます。仮説の3段重ねなんて当たり前みたいな。

これって・・・空想・・・小説?

1次史料を積み重ねて仮説を立てるのって、ひょっとして間違い?・・・そんなバカな。



それと、地籍図。

私も良く検討します。手近にあるのでは、昭和40年代、50年代、平成と3つを検討することが多いですね。で・・・全然変わってません。

明治のもの昭和40年代のモノとを対比したことがありますが・・・変わってません・・・よって、明治に表されたものは近世と考えて、この時期の状況は地籍図で言えるかも?ってなってます。

しかし!中世の発掘調査成果と地籍を比べると全然違います。

まず、集落が全然違う位置にある。農地も区画が各地で微妙に変わる・・・。農地を含め大きく村単位で考えた場合、何か言えるかも?と思いましたが、1筆単位では中世の事は何も言えません。せいぜい近世後半・・・。

でも、ここ二日ほどで読んだものは、すべて地籍のあり方は天正云々までさかのぼる!って書いてあり・・・。

無理じゃないですか?・・・・それともそんなに古い区画なり道を大事に守っているところがあるの?第一根拠が無いでしょう?

ちょっと理解不能です(泣)
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by amuro1900 | 2006-09-12 21:44 | 日記


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