2006年 09月 16日

江戸の場合・・・考古学成果

江戸の場合、ある方がたった一つの調査例をもって、当時の大名屋敷の様子はこんな状態であった!と、おしなべて同じ状況にあるみたいな、書き方を商業誌にされました。

これに対して、江戸文化なり研究されている方々は、非難囂々・・・。

しかし、寺内に関しては、一つの成果をもって、その寺内状況はこうであったと、おしなべて言って、他の分野の方々は、諸手をあげて大賛成・・・先のものとは全く逆パターン。

両者を比べるまでもなく、寺内でのあり方はおかしいですよね・・・。

ただ、それを言いたかっただけなんです。1点の考古学を過大評価しすぎ・・・。

それと、学際的、他の分野との議論とか言われました。絵図とかを使ってとも言われました。

私、貝塚に関しては一通り検討しました。古文書、絵図、地理・・・。

どれも単独でははっきりとしたことは言えないと主張してきました。それを一つづつ公表してきました。が、誰も読んでおられないので、理解してもらえない?

一つの分野を元に、いろんな分野で共同作業をする・・・なんて生やさしい事をやっていては何もわかりません・・・。

考古学で「寺内」をどう定義するか?との質問もありましたが、文献史学でも結論がでていないものを定義できる訳がない・・・。

それと、古代以降、考古学事象で定義出来ているものって、あったかな?

都城、城郭、城下町、門前町、在郷町、寺内町、街村、街道・・・。歴史で定義されているものを流用しているだけでは?
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by amuro1900 | 2006-09-16 22:15 | 日記


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