2006年 09月 19日

文献史学

同時代の史料があって、それを分析されると、当時の人々の活動、集団関係が凄くよみがえって来ます。うまくゆけば日単位での活動状況がわかったりして。

考古学のスパンでは良くて10年(これも怪しいですが・・・。)、普通で25年(これも怪しい・・・・。)。とてもかないません・・・。

しかし、場所や地域の話になるといきなり失速するというか・・・小説になる?

位置情報を史料から読み取る事が非常に難しい・・・。下で紹介した友人は、ある地域についての集団関係を地図上に復元しましたが、遺構的になにも見つからない所に、集落を復元してあったりして、げんなりです・・・(泣)

・・・
史料はあっても、位置は近世の集落位置をイメージしてやってるみたいですね。それと絵図とか・・・。なんで史料は同時代なのに、近世絵図とか集落で位置をイメージするの?さっぱりです・・・。
・・・

大坂本願寺、寺内町でも同じ事が、言えますね・・・いろんな復元図は存在しますが、なにも確証がない、単なる推定、仮説にもなってない。だからいくらでも復元図が書ける?

それで、大論争をしていますので、横から見ていて、呆然・・・。

考古学では、遺構、遺跡という位置情報が常にありますので、これはOK。ただし、「どなたの墓ですか?この古墳。」と言われると・・・失速・・・(泣)・・・集団関係の資料が欠けています。

中世以降は、最低でも考古資料と史料を喧嘩させながら使わないと、何も言えないと思います。
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by amuro1900 | 2006-09-19 17:22 | 日記


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