2007年 10月 12日

下とは逆


考古資料の見方の基本が広く周知されておらず、間違った理解が広がっている?と書きました。

今度は逆パターン。

この前あった某研究会の例会で、参加しなかったにもかかわらず、レジュメの内容、話の展開を告知から推定して、ここに書きました。

で、読んだ方から内密にメールが・・・なんでわかった?書いてたとおりの話をしてましたが・・・と。

中世なり、近世なり、一定史料がある場合は、考古屋さんはそのまま使います。特に近世の絵図があると、ホントにそのまま。そこに人物名があったら、それもそのまま。

六三郎は三人いるんですよね・・・でも、一人としかみない・・・。

絵図ですが、史料批判をしたうえで、考古資料との突き合わせをしません。

絵図は文書とセットになってることが基本です。文書を補完するために絵図を作る。よって、そこには作成者の思惑が大きく入り込んでいます。文書があった場合、差し出し、宛先、内容から目的がわかりますので、絵図に関しての理解はほぼできます。

問題なのは、無くなっているもの。これは全く理解できません。

願泉寺で絵図が20枚ほどありますが、文書のついているものは1つだけです。

軸にされると一巻の終わり、周囲を切られている可能性大!

絵図単独ってのは、本来非常に危険です。そのまま使うなんて・・・怖くて・・・。

文献史学では当たり前の話でも、考古ではわからないので、下と同じようなことをやってます。



私、絵図は批判対象・・・たまに怖々根拠にしたりしてます。ホントに慶安?と思いながら・・・(自爆)
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by amuro1900 | 2007-10-12 23:26 | 日記


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