研究所日誌

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2008年 12月 27日

寺内町


文献史学の批判が続く?

ちょっと前に発表されていたものを、最近入手して拝読中。

こちらもいきなりでした(泣)

中世末、すなわち寺内町が発生した段階の壕、土塁などの検証をする論文。

これも同時代の文献史料にあたって、きっちり論ずるのかと思ったら、いきなり19世紀の絵図が出てきて、こちらも読む気持ち失速。


だから、当時の生活面の上に、数mの整地土層があります。その上にある壕、土塁は当時のものですか?後世の絵図史料は使っただめでしょうが。

文字だけで、位置情報がはっきりしないものでも、同時代史料からの検討なら、読みたいです。

文字から、町なりの情報を得て、その後、後世の図面に乗せてくるので、いつもげんなり(泣)

私は、近世の絵図は近世として扱っています。貝塚は近世における町の発達がよく見えますよ。近世の宗教都市としておもしろいです!って発表したら、中世の立場ではぜんぜんおもしろくない!と言われました。だから・・・無視されます(笑)


本論は「今井町」の話のようですので、読んでみますが・・・。はじめに が終わって本論に入ったと思ったのに、おかしな方向に行っているような?後期博士課程の通常最終年(発表当時)の論文です。短いので学位論文ではないですよね・・・。
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by amuro1900 | 2008-12-27 19:49 | 日記


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